家族を説得できないと悩む人へ。勘当され(かけ)た私が思う家族との向き合い方

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんにちはウェブライターのハルノ(@haruno_sudo)です!

タイトルにもある通り、私は一度父親から勘当を宣告されました。

たった一度だけど、彼は縁を切ると言いました。
そんなこともあったけど今は関係修復。そして前よりも両親との距離がぐっと近くなったことを日々感じています。

そんな私が考える家族の在り方を綴っていきたいと思います。

<スポンサーリンク>


両親は子煩悩

私はこれまで両親のおかげで何不自由なく生活してきました。
やりたいと私が言ったことはやらせてくれたし、何事もいつも応援してくれる素晴らしい家庭です。

小学校のころは、いろいろな習い事をしてきました。
ダンス、テニス、習字にバレーボールやバドミントン。
勉強もやりたいと言った私に通信教育とか英語教材とかも与えてくれました。

(ホントに)子煩悩な親です

小学校の頃にバレーボールとバドミントンを地元で始めてからは、土日は毎日私の練習の付き添いに。
お弁当も作ってもらって、スポーツ用具も揃えてもらって、試合の遠征も欠かさず選手をのせる車役に立候補。
中学も高校も大学の時もいろんな面でいっぱいサポートをしてくれた両親でした。

両親からのたくさんの愛情を受けて私はのびのびと育ち(身長168センチ)、今でも好きなことをしながら毎日生きています。

でもその反面、私は度々息苦しさを感じていました。
原因はいつまでも私を子供として扱う父親。

(超)心配症のうちの両親は、何をするにもまず心配をしてくれます。
でも時々私はそれを子供扱いされているって感じていました。

もう一人で何でもできる(と思っていた)歳なのに自由にさせてもらえないのは何でなんだ!と大学に入ってからは度々深刻な喧嘩になり、

「こんな家絶対出ていく!!!」

と、大した当てもない癖にいっちょ前にいきこんでいました。

深夜3時に帰宅して説教されたときもあった。(若かった)

それでも何とか持ちこたえた私と私の両親の関係は、私の大学卒業と就職を迎え、新しい生活の始まりを前に落ち着いた(かのように見えた)のでした。

が、しかし。

就職前の最後の数か月を過ごしたオーストラリアで感情が爆発してしまった私は、両親に「日本で就職をせず、帰らずにオーストラリアにとりあえず残る」と伝えました。

そうして我が家の崩壊は始まります。

勘当に至る経緯

とにかく疑問に感じたら誰かに報告しないとすまない私は、オーストラリアに残ることを家族に告げました。両親には反対されるのはわかっていたのでなかなか言い出しづらかったし、自分としてもせっかく決まった就職を投げ出すのにはかなりの勇気と決断を要します。

だから相談したんです。こうするつもりなんだよ~と。どう?と。

LINEのテレビ電話越しにそれを聞いた父はもうカンカン。

いろいろ悔しいこと言われたけど私の説明しようとしていることが通じていなかったのは明白でした。

そして極めつけの

帰ってこなかったら縁を切る。

プッチーン

ここで私の何かが切れました。
感情に身を任せて出てしまった言葉でも言っていいことと悪いことがあります。
相手やシチュエーションによっては本当に取り返しがつきません。
絶縁なんて、思ってもないことを言っているのは重々承知ですがそれにしてもこれは刺さりました。

キレすぎた父では全く話にならず電話は切られます。

その瞬間に堰を切ったようにあふれ出る私の涙。孤独でした。

その後の行動。何を感じどうしたか

そこで何故か踏ん切りがついた私。

絶対帰らんぞ!!!!!

天邪鬼が発揮された瞬間でした。(素直じゃないんだから…。)親元を離れてひとりで生活することができたオーストラリアは何だか理想郷のように見えてきて、もう絶対に日本の生活には戻らない!そう誓ったのがこの時でした。

そこから日本に一時帰国する4月の終わりまで、父とは一切口を利きませんでした。
両親と電話をしたのがきっと5月あたりだったから約1年くらいは音信不通。
母伝いでくる父の心配の声。なんで直接言ってこないのか、とさらに私は不信感を募らせていきました。

そんなこととは関係なしに進んでいく私のオーストラリアでの生活。現地で関わってきた人からわかったことは、彼ら彼女らは家族と頻繁に近況報告しあっているということでした。

そこで気づいた、

「私の家族は、私の言っていることが理解できていないだけでなく、私自身を理解できていないんだ。

ということ。

私は、それまで家族って何も言わなくても何でも私のことをわかっているときっと勘違いをしていました。一緒に生活してきた時間が長いからこそ生まれた勘違い。エスパーじゃないんだから伝えようとしなきゃ絶対伝わらないはずなのに、中学、高校、大学と歳を重ねるにつれ減っていく家族間のコミュニケーション。

しかもそれが普通だと思っていたんです。親離れってそういうものだと勘違いしてた。

オーストラリアで出会った人たちの多くは、私とは違いました。離れているからこそ家族との電話ができる時間を大切にし、時に贈り物を送り、記念日を祝い、愛しているということを告げ、感謝の意を最大限に表現していたのです。

本当のコミュニケーションってこういうことですよね。ただ笑って楽しい時間を過ごすことだけじゃなく、心のうちを開けてみる。そうじゃなきゃ相手のことなんて理解できません。一緒に過ごした時間数なんて関係ないんです。

だから私はVISAが切れるタイミングに帰国をして、両親にすべてを話して理解してもらうことを決めました。

理解してもらえなかったらそのまま縁を切る覚悟もして。

 久しぶりにぶつかったお互いの本心

帰国してからも数日間はタイミングが合わず、父親とは一言も話しませんでした。お互い頑固だから一度決めたら譲りません。そんな中で話し合いを切り出した私。もともとそのために帰国したので話し合いをしなかったら意味がないと思い両親と私の三人でテーブルにつきました。

うずまく緊張の中私が考えていたのはオーストラリアで出会った人達が教えてくれたこと。

悪かったと思うところはきちんと謝る。

自分の正直な気持ちを話す。

もし話し合いの中で怒られてもそれは相手がまだ自分を気にしてくれているということ。

相手が私のことを本当に思うなら、私の本気の気持ちは絶対に理解してくれるということ。

これを意識しながら、これまで伝えてこれなかったもやもやを言葉にしていきました。

実はこうしてみたかった。

こういう想いを押し殺してきた。

日本を離れた一年を通し考えてきたこれからのプランも交えて、私の本心を素直にぶつけました。

最初は聞く話なんてないって言っていた父親も、私が誠意をもって期待を裏切ってしまったことを謝り、今後のことを話したらちゃんと耳を傾けてくれました。

それから彼が話してくれたのは私の生き方を否定している、というわけではないということ。私の伝えかたや配慮の無さが間違っていたのを謝ってほしいと感じていたことでした。

私が内定先を辞退したことは、両親の中では本当は納得いったものではなかったと思います

両親としては、自分たちの側で娘が生活をしてくれた方が嬉しいだろうし、日本で何十年間もひとつの企業に勤めあげた父だからこそ思う、安定の就職という道を選んでほしかったのは事実だと思います。私は就職を安定だとは思わないけど。

それでも理解をしてくれたのは、私がちゃんと頑張れるのも知っていて、ひとりの人間として尊重してくれた結果だと思います。

 今回の衝突で感じたこと

海外に出たいとか、今の仕事を辞めたいと思っていてもなかなかできないって踏みとどまっちゃう人っていっぱいいると思います。

それは、自分の勇気が足りないとか、経済的な問題とか、周りに迷惑をかけたくないという気持ちとか、家族が賛同してくれないとか。他にもいろいろあると思うけど。

もうすでに家族に自分の考えを否定されていて、説得するのが難しいとか感じている人もいるんじゃないかな。

でもそれって真摯に、本気で自分を伝えようと試みたと言えますか?

もし家族が本当に自分のことを大切に思ってくれているのなら、心から自分がやりたいと思ったことに関しては絶対否定はできないと思うんです。
私みたいに、伝えたとか伝わった、って勘違いしている人いっぱいいるんじゃないかな。

それと、これまでの生活の中でのすれ違いをもうなかったものにしていませんか?

ちゃんといつもありがとうって言っていますか?自分が家族を思う気持ちちゃんと表現していますか?家族でも人間同士なんだから、ひとりひとり考え方は違います。伝えようとしなきゃお互いの気持ちを理解することなんてできません。そこを忘れちゃダメなんだと思います。

普段のコミュニケーションがとれていなかったら、自分に生まれた新しい感情とか考えを話してもうまくいくなんてありえません。

いま自分のやりたいことを家族に否定されているという方は、自分がどういう人間で、どういうことを経験してきて、どれほど自分のやりたいことに向き合っているか家族に伝えきれていません。だから否定されるんです。伝わってないし理解できないから。

もし今の自分と家族の間にある考え方の違いを埋めることはできなくても真剣に真摯に向き合うほどお互いを理解しようと努力するはず。

それでも否定されたら自分の人生と家族を天秤にかけてみてください。

縁を切ることをおすすめしているわけではないけれど、自分の人生を後悔ないように生きるためにどちらが大事なのか真剣に考える機会なんだと私は思います。

本気でぶつかった気持ちをまだ否定してくるような人たちだったら、私はもうそれを家族とは呼べなかったと思います。きっと世界にはまだ私のことを理解して受け止めてくれる人がいっぱいいると思うから。

でも自分のこれからをサポートしてくれる人が、これまでの自分を支えてくれた人たちだったらこんなに嬉しくて心強いことはないですよね。

だから真剣に、相手の立場を考慮しながら、自分の気持ちも大事にして、もう一度伝えてみてください。

もし誰も周りに相談する人がいなかったら私でよければ相談に乗りますので、(もれなく私のアツいメッセージ付き)お気軽にお問合せフォームからご連絡ください。

家族間にすれ違いを感じているすべての人が勇気をだしてコミュニケーションを取れるようになりますように!


<スポンサーリンク>


この記事が気に入ったら
シェアしよう

Twitter で